コロナ禍でお見舞いが出来ないって素敵だ
コロナが流行る直前での癌の転移発見
即入院
もういつ亡くなってもおかしくない癌治療
若いから治療はするけど、確実に死は近づいていた
本人は認めていなかってけど、家族は初めから覚悟を決めていた
近くの大きな病院で、初めのうちは出たり入ったり
週に2度は子供達を連れてお見舞いに行った
それにしても3人の子供達と忙しい日々
週に2回のお見舞いだって時間を取るのは大変だった
でも、きっと本人にとっては多分たった2回だったに違いない
体調がいい時を選んでのお見舞い
体調が悪い時ももしかしたら頑張って会ってくれてたのかもしれない
だってたった2回だもの
そんな中、コロナが流行
そして、少し遠くの病院に転院
病院まで車で30分以上
混んでると1時間
お見舞いが出来なくなった
コロナ禍でお見舞いに行けないのではなく、物理的に厳しかった
ただ、物理的に厳しい部分があってもコロナ禍でなければやっぱり私はお見舞いに行っていただろう
その負担は大きかったに違いない
お見舞いが嫌になっていたかもしれない
「コロナ禍でお見舞いが出来ない」は我が家にとっては最良の理由だった
何より本人が家族が来れないのは仕方ないと思えただろう
本人が納得出来ていれば良かった
家族もお見舞いが出来なかったという罪悪感がない
夫が亡くなっても心残りがなかった要因としては、とても大きいものだったんじゃないかと思う
残された家族の心が健全であることが、本当に大切だから、不謹慎かもしれないけど、コロナ禍でお見舞いが出来ないという事実が我が家にとっては本当に大切なツールだった
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死別って辛い?
夫との死別から約2年が経つ
実感はない
元々出張の多い夫だった
気がつけば2年も経つのに、家からいなくなった実感はない
それくらい家にいない人だったのかもしれない
ある時、検診で肺に影があると言われ精密検査の入院をした
検査結果は、癌の肺への転移
いつ亡くなってもおかしくないと言うことだった
子供達に話をして覚悟を決めた
もしかすると、あの時が一番辛かったのかもしれない
これからどうなるのか?
子供達を一人で育てなくては…
家は?収入は?学校は?
不安だけど、たぶん本人や子供達の不安とは比べ物にならないと思い、心を落ち着かせた
それから治療入院と退院を繰り返しながら、夫は1年半生きた
介護なんてほとんどさせず、ギリギリまで仕事をして亡くなった
死別して辛いだろうと考える周囲の気遣いをよそに、我が家は日常を歩んでいる
亡くなった事を受け入れていない訳ではない
ただ、心残りなんて何一つない
それだけなんだ